東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)209号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いない甲第六号証によれば、本願発明は、井戸内へ挿入し土砂の侵入を阻止して集水するために使用する井戸用ストレーナ管の溝切装置に関するものであつて(本願発明の出願公告公報第一欄第三四行ないし第三六行)、ストレーナ管は、管壁に管軸方向の短長な溝を多数、千鳥状に形成したものであるが、従来のものは、カツターに当初から負荷がかかり過ぎるおそれがあること、完全開孔までに少なくとも二回の操作が必要であること、次の加工位置へのセツト操作に手数を要すること、機構的に複雑になりカツターの微調整が困難であることなどの欠点がある(同公報第一欄第三七行ないし第二欄第二七行)との知見に基づき、右のような従来の諸欠点を除去した装置を提供することを目的として(同公報第二欄第二八行ないし第三〇行)、その要旨とする構成を採用したものであることが認められる。
そして、同号証によれば、本願発明は、前記のような構成によつて、<1>完全穿孔は一回の作動、すなわちスライドテーブルの一往復動により完了するので、スピードアツプと自動化が可能となつた、<2>管の押えは、管の外周を上方から押えることと、管の両端を挟持することによつて行われるから完全となり、穿孔時に生ずる振動音の発生が少ない、<3>回転刃は管軸方向にまつすぐ進むだけで穿孔するため、押えの完全性とあいまつて、穿孔位置や溝の長さが正確であり、溝幅やその形状も所定の精度が出せる、<4>次の一列を穿孔する場合、管を移送することなく、支承台に載せたままで、任意の角度だけ軸回転できるため、作業能率が向上する、<5>千鳥状に穿孔する場合、管をその軸方向に移動させなければならないが、この場合でも、管を支承台に載せたままで、二つの挟持機構のうち一方を縮め、他方を延ばすことにより移動することができる。したがつて管の全周を切る場合、すべて支承台での軸回転及び軸方向への移動で行うことができるため、作業能率が一段と向上する、<6>各スライドテーブルが各別に又は同時に作動するため、溝の穿孔間隔を大きくとりたい場合には、一つおきのスライドテーブルを、又管の長さが短い場合は所望のスライドテーブルだけを稼動せしめることができ、消費電力の省力化が図られる、との諸効果を奏するものである(同公報第五欄第二一行ないし第六欄第二〇行)ことが認められる。
2 成立に争いない甲第二号証、第三号証の一ないし三、第四号証及び第五号証の一ないし三、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二ないし第四号証によれば、山形県山形市に所在する株式会社関屋製作所は、昭和五〇年一〇月末ころ、原告が代表者である佐藤溶接工業株式会社からストレーナ溝切装置製作の注文を受け、仕様書(甲第二号証)、製作図面(甲第三号証の一)その他の図面に基づいて右装置を製作したこと、同装置は昭和五一年二月初めころ完成し、佐藤溶接工業株式会社に納入されたこと、株式会社関屋製作所は、同月一〇日ころ、宣伝のために日刊工業新聞社山形支局の記者を同社に招いて前記ストレーナ溝切装置について発表したこと、当日の発表は、株式会社関屋製作所の生産技術課設計課長三瓶修平及びその上司管信良志が、同新聞社山形支局長伊藤芳夫及び同新聞記者奥野淳(以下「新聞記者ら」という。)に、写真三枚及び図面を示して、同装置の目的、作動、効果等を説明(本件説明)する形で行われたこと、日刊工業新聞社は新聞記者らの右取材に基づいて同年二月一七日発行の日刊工業新聞に新製品ダイジエストとして、株式会社関屋製作所が製造販売を開始したストレーナ溝切装置の能力の概要、特徴、価格、仕様等を紹介した記事を、写真を添えて掲載したこと、同写真は、本件説明の際に新聞記者らに示された写真の中の一枚であることが認められ、ほかに右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、新聞記者らは、その取材した事項を日刊工業新聞に掲載する新聞記事に作成することを目的として株式会社関屋製作所に赴き、本件説明を受けたものであるから、同社が製作したストレーナ溝切装置に関する技術的事項は、本件説明により新聞記者らに知られたことによつて、日本国内において公然知られるところとなつたと言うべきである。
3 そこで、本件説明によつて新聞記者らに知られた株式会社関屋製作所製作のストレーナ溝切装置に関する技術的事項、すなわち引用例の発明の内容を検討するに、引用例の発明の技術内容が、「一方の管端に取り付けた操作ハンドル付きの押接円板」を具備しているとの点を除き、審決認定のとおりであることは、原告の認めて争わないところである。
原告は、引用例の発明のものが、「一方の管端に取り付けた操作ハンドル付きの押接円板」を具備した井戸用ストレーナ管の溝切装置であつたとの審決の認定は誤りであり、また、仮に引用例の発明のものが右押接円板を具備していたとしても、審決がその示した理由のみから、右「押接円板」及び「操作ハンドル」が本願発明における挟持機構及び回転機構に相当すると判断したのは誤りであつて、引用例の発明は、本願発明の構成要件である<3>「管をその両端において挟持する二つの挟持機構」と、<4>「該二つの挟持機構のうち少なくとも一方は管端に固定でき、歯車等を介して管を任意の角度軸回転できる回動機構」を備えていない井戸用ストレーナ管の溝切装置に関するものであつたと主張する。
そこで、前掲甲第四号証の新聞写真を詳しく検討すると、ヤゲンに横向きに載せられた管の手前端に接着して黒い円板が認められ、右黒い円板のさらに手前に、やや白い円板と、その白い円板の外周の左下方に接着して、円形のハンドルが設けられていることが明らかに認められる。
そして、同号証によれば、前記新聞記事には、引用例の発明のものの仕様として、「ユニツト駆動、パイプ移動用動力=七・五キロワツト(油圧式)」との記載があることが認められるが、右パイプの管壁には管軸方向の短長な溝が多数個千鳥状に形成されることは前記認定のとおりであり、パイプに千鳥状の穿孔をする場合、パイプをその軸方向に移動させることが必須であることは技術上自明であるから、前記仕様に関する記載からみて、引用例の発明のものは、パイプのこの軸方向移動を、動力によつて行うものであることが明らかである。ところで、同号証によれば、引用例の発明のものが切削できるパイプの大きさは、直径一五〇ないし三五〇ミリメートル、長さ五五〇〇ミリメートルに及ぶことが認められるから、前記のようなパイプの軸方向移動が動力によつて行われるためには、パイプがその両端において確実に挟持されていなければならないことも技術上自明である。したがつて、引用例の発明のものも、「管をその両端において、挟持する二つの挟持機構」を有すると推認するのが相当であるから、前記認定の黒い円板は、右挟持機構の一つであると解することができる。
さらに、甲第四号証の新聞写真の被写体の装置に、やや白い円板と、その白い円板の外周の左下方に接着して、円形ハンドルが設けられていると認められることは、前記のとおりである。もつとも、同新聞写真によつては、右白い円板及び円形ハンドルと他の部分との関連構成がどのようになつているのか、明確に把握することはできないが、その被写体の装置がストレーナミゾ切専用機であることからみて、右白い円板及び円形ハンドルが、装置の溝切機能と特定の関連を持つた構成となつているものであることは容易に推察される。そこでこの推察を基に、溝切装置における白い円板及び円形ハンドル付設の目的、及びこれらの部分と溝切装置の関連部分との関連構成について検討すると、引用例の発明のものの白い円板と円形ハンドルは一体的に構成されていることが明らかであり、円形ハンドルの操作によつて白い円板の円周を所要の角度回動し得るように構成されているものと推定できること、その白い円板は、前記認定の挟持機構すなわち黒い円板にその回動力を伝達するのに適切な位置に配設されていること、及び実際の作業においては、ヤゲン(支承台)に載置されているパイプは、回転刃による溝切りが一工程終了するごとに回動され、複数回回動されることによつて、全周に溝切りされるものであることを勘案すると、前記白い円板と円形ハンドルは、ヤゲンに載置されているパイプを回動するために配設されているものにほかならず、ハンドルの操作によつて生ずる白い円板の回動力がパイプの挟持機構である黒い円板に伝達され、パイプを回動する構成となつているものと考えることができる。なお、黒い円板の回動力がパイプに確実に伝達されるためには、黒い円板がパイプの端に固定されていなければならないことは当然である。そうすると、引用例の発明のものは、「二つの挟持機構のうち少なくとも一方は管端に固定でき、歯車等を介して管を任意の角度回転できる回動機構」をも有すると推認するのが相当であるから、前記認定の白い円板及びその左下方に接着して設けられている円形ハンドルは、右回動機構であると解することができる。ただし、引用例の発明の回動機構を構成する右白い円板は、前記認定の挟持機構すなわち黒い円板を同軸的に回動させるものと考えられるが、回動機構を構成する円形ハンドルと右黒い円板とが一体のものとして構成されているとは認められないから、審決が、引用例の発明のものは「操作ハンドル付きの押接円板」を具備していると認定しているのは、必ずしも正確でない。
そして、引用例の発明のものが前記認定の挟持機構及び回動機構を有することは、前掲甲第五号証の一、二によれば、本件説明を行つた三瓶修平が審判手続の証人尋問において、株式会社関屋製作所製作のストレーナ溝切装置には、パイプを両側から押える機構、及びその一方向の押えには割出し回転盤が配設されている旨供述していることからも明らかであり、本件説明に際し、この二つの機構のみが新聞記者らに知らされなかつたことをうかがわせる証拠はない。
したがつて、引用例の発明のものは、本願発明の要旨のうち、「管をその両端において挟持する二つの挟持機構」及び「該二つの挟持機構のうち少なくとも一方は管端に固定でき、歯車等を介して管を任意の角度回転できる回動機構」をも具備していたというべきである。
4 以上のとおりであるから、本件説明によつて新聞記者らに知らされた発明、すなわち引用例の発明は、本願発明と実質的に同一であり、その引用例の発明は本件出願前に日本国内において公然知られたものであるから、本願発明は特許法第二九条第一項第一号に該当し、同条項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断は正当である。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
管を横向きに載せる複数個の支承台と、該管を上方から押え支承台に固定する複数個の押圧固定機構と、管をその両端において挟持する二つの挟持機構と、該二つの挟持機構のうち少なくとも一方は管端に固定でき、歯車等を介して管を任意の角度軸回転できる回動機構と、管軸と平方方向に回転しかつ管の直径を通る延長上に位置して配設された二つの溝切用回転刃とその駆動モータとを備えた垂直又は水平方向に往復動する複数個のスライドテーブルと、該スライドテーブルの往復動により前記モータを回転せしめると共にスライドテーブルを遅進せしめるためのモータスイツチと、溝切後のスライドテーブルを停止して後退せしめるためのテーブルスイツチと、該スライドテーブルを前進開始位置に停止させるための停止スイツチとを夫々具備したことを特徴とする井戸用ストレーナ管の溝切装置